折り紙作品のできるまで:犬編

2003/5/2公開
2006/1/6全体的にリライト

テーマの設定〜犬を作ろうと思うまで

 まずは犬というテーマを選ぶまでのいきさつから。実は当初、犬を作るつもりはなく、羊を作ろうとしていたのでした。

羊の頭

 なんとかひねり出した頭部に、胴体を付けるべく取り組む日々。旧作のライオンのたてがみのような、紙を豪勢に使った体はどうだろうか、などと考えながらもなかなか実現できないでいました。

羊の試作

 これは、全然豪勢じゃないどころか、ちょっとみすぼらしい感じになってしまった試作です。

羊から猿に

 さらには、折り進めるうちになぜだか猿になっていました。このように、思いつきで方針転換をするのは比較的よくあることで、「造形」よりも「構造」をしっかりしたかたちにしたいと思っていることに由来しています。「〜〜を作りたい」という動機はもちろんあるにはあるのですが、通常の作品作りでは何が何でも作る必要もない状況がほとんどですので、面白い構造が見つかればそれを生かせるような題材に変えていきます。考えてみれば、こういった創作態度は他の表現分野ではあまりないかもしれません。

 と、紹介しておきながら、この猿はなんとなく説得力に乏しいという理由で没作品です(なお、その後リサイクルして、作品として仕上げることができました)。猿になりかけた構造を手にして、今度はこの構造の一部をイノシシとして転用できるかもしれないと思いつき、昔のアイデアなどを掘り起こしてイノシシづくりに路線変更することにしました。しかし、しばらく後に出た結論は「この胴体はイノシシではない」というものでした。

 ここまでで一週間ほどが無為に過ぎていきました。こんな無軌道な創作でいいのだろうか。しかし、こんなことはしょっちゅうなので気にしてはいけません。

 ここでようやく「いやイノシシではなくて犬ならどうだろう」と思いつきました。しかし、図鑑を見てみるとちょっと犬として用いるのは違う感じがします。うーむ。

 しかしその時には、すでに心は犬を折りたい気持ちでいっぱいになっていました。気まぐれ以外の何物でもありませんが、犬という題材はイノシシや猿に比べても折りやすそうですし、煮詰まってしまった現状にリセットを掛けて心機一転取り組むのも良いかもしれません。

 というわけで、以上が犬というテーマに辿り着くまでのあらましでした。

おおざっぱなアイデアを練る

 まず形をつかむ作業として、参考資料の写真集やウェブ上にある画像を見て、軽くスケッチなどします。後脚が後ろの方にピンと伸びた姿勢で写っている写真が多いことが分かり、どうやらこれが基本姿勢のようですので、このポーズに狙いを定めて作ってみましょう。

 顔はどうしましょうか。こだわるなら舌を出している表情を折りたいものですが、現時点ではこれというアイデアが特にありませんし、とりあえず棚上げしておきます。おおまかな形がつかめてきたところで折り紙化した時のイメージも少し描いてみたりもします。

 そしておもむろに目標を立てました。

「馬」とかぶらない折り方で作ろう!

 というのも、普通に作ると昔作った「馬」と同じになりそうな気がしたからです。

「馬」からのアレンジ

 これは、その馬のアレンジとして折ってみた犬で、いかにもアレンジっぽい雰囲気です。少なくともこれ以上のものを作りたいもの。

 で、この馬犬を見て、「尻尾の出る位置がポイント」という条件が見えてきました。

馬犬の尻尾部分

 馬では矢印の箇所が閉じているために、尾のカドを上に持ち上げるのに限度があり、これでは犬の「尻尾がお尻の上の方から出ている」感じを出せません。つまり、この部分が開いていなくてはならない、という指針が得られたわけです。

後半身から作り始めてみる

 創作ではこういう最初の取っ掛かりが必要不可欠です。今回は尻尾から作ることにしましょう。配置はスタンダードに対角線対称で、腹割れな構造もまあデフォルトということで、その辺はちゃちゃっと決めてしまい、早速紙を取っていじり始めます。

図5:凹四角形分子2つ

 尻尾の根元は細くなっている方がいいから、凹四角形分子でも入れて‥‥と。少し考えが安直ですが。

犬の足と尾

 しばらくいじっている内にこんな形ができました。

尾の折り進め

 尻尾の向きを変えてみたものがこれ。尻尾の大きさも十分な長さが出ていて、いい感じです。これは使えそうです。

現段階の展開図

 確定した折り線をパソコンで描画。描いてみて、随分と単純な構造だということに気付きました。というか、魚の基本形(赤線)に少し折り足しただけですね。

 これを見ながら続きを考えます。考えるより先に手が動くような感じで、どんどんと折り進めていきます。

余談:試行錯誤的な創作法と「紙の振舞いパターン」

 ここで少し私の創作スタイルについて書きましょう。これまでの文章をご覧になってお分かりのとおり、いわゆる折り紙設計バリバリな作り方ではありません。基本的には作りたい形と目の前の紙片を見比べながら、試行錯誤的に作っています。

 さて、このような「紙の振る舞い」――つまり、こう折ればこうなるということ――を見越して造形していく方法では、経験値がものを言うようなところが大きく、自分の中にたくさんの「紙の振舞いパターン」が蓄積されていればいるほど、紙から意識的に取り出せる形の幅も広がるわけです。もちろん設計法の理解なども経験値の内に含まれますので、試行錯誤とは必ずしも折り紙設計と対立するものではありません。むしろ個々のパターンをどう解釈するかという点で、折り紙解析/設計の視点は必須とも言えます。でなければ、パターンの応用度合いは相当低くなってしまうでしょう。

 いずれ折り紙創作をしたいと思っている小中学生フォルダーたちには、とにかく折って折って折りまくって「紙との会話力(by前川さん)」を存分につけてほしいですね。西川さんも、「どんどん投げ込め」と書かれていますが、なんていうか早くに折りの嗜好が固まってしまうのは勿体ないかなと思うのです。

 とは言え、かくいう私がどれほどの「紙の振舞いパターン」を身に着けているかと考えると、ちょっと心もとなく、22.5度系のパターンについてはある程度掘り下げてきたのでそれなりに操る自信はあるのですが、逆に言えばそこから少しでも逸れたらアウトだったりします。22.5度というフィルターで絞られた折り筋の中から選ぶことはできても、何も無いところに折り筋を引くのは私にとって恐怖と言っても良いくらいで、近年神谷哲史さんが「吉野さん化」しはじめたのを見るにつけ(作品で言えばカタツムリ、シャチなど)、自分にはとても行けない道だけにすごいなあと思って見ています。

 もうひとつ言うと、私には基本形を変形していく能力が極端に欠けていることの自覚があります。正確に言うと、「リス」以降意図的に仕上げの工程を除外してきた結果、元々足りなかった変形能力がすっかりなまってしまったという感じでしょうか。汎用性の高い基本形を変形して作品に仕上げていくという作り方がどうも苦手で、たまに挑戦してみても「ちゃんと作れてないなあ」という感覚がどうしてもぬぐえません。内部カドから発展させるパターンの蓄積も少ないですし、実際に折りこなす技術(「指技」的な)も高くないですね。実際折り技術が高ければ高いほど、紙から取り出せる形の幅も広がるわけですから、私の創作領域はますます狭いことになります。私には「暫」を創作することはできません。

 なんだか愚痴みたくなってきたので(笑)そろそろやめます。ただ、既知の「紙の振舞いパターン」を組み合わせるだけで満足いく作品が作れるか?といわれると、そうとも言えなかったりしますので、難しいところでもあります。

胴体のあたりまでできてくる

犬の後半身

現段階の展開図

 さて、色々試している内にここまでできました。後ろ脚の前方に第二次三角形の形をした構造を埋め込むというのがこれに至る具体的な発想です。これも安易っちゃ安易かな。さきほど見えていた魚の基本形の半分は崩れてしまって展開図的にもなかなか面白くなりました。ヒダ脊椎((c)めぐろさん)になっているので今後の展開もうまく行きそうな予感です。もうできたも同然かも‥‥とこのときは思いました。

前脚の配置を考える

 いよいよ次は前脚です。前脚は正方形のカドをまたいだ位置に配置するため、これで正方形のサイズが決まってきます。同時に頭部を作れるだけの領域を見越して配置を決めなければなりません。創作過程における一番の山といって言いでしょう。

 前脚の位置をどこに置くか、展開図と実物を見比べながら考えます。22.5度の折り線構造という縛りをかけているので、感覚的には「選ぶ」という感じでしょうか。

前脚のカド配置候補

 とりあえず候補をこれくらい出してみました。丸印が脚の位置となります。(図では省略しましたが、実際に私の手元にある展開図には細い線でもっと細かくグリッドが書き込まれています)。

 この中から選んでいくわけですが、選択のポイントは「用紙効率の高いものを優先する」並びに「簡単な比率を優先する」です。

 となるとAです。明快も明快、凧の基本形の配置、つまりは「西川トラ」ですね。Cはモントロールさんの「イルカ」などで知られるカド配置ですが、折り出しもそんなに大変ではありません。これらに比べると、Bの比率は大分ややこしそうです。

Bの折り出し

 相似形分割法で探したらこういう折り出しが見つかりました。とは言え、かなり面倒ですので、できることならこの比率の採用は避けたいところです。

 また余談をすると、用紙効率に関しては、例えばカドの折り出しをメインにしているときのようなシビアな効率はここでは考えていません。これは最終的に用紙効率よりも全体の構造、つまり紙の重なりのバランスを重視するためです。特にデザイン上で広い面を扱う場合、その重なりを2、3枚にするだけで相当な紙の面積を消費できるので、実際のところ効率をそれほど優先する必要性はないのです。私の「カバ」ではこの辺りがうまく行っていないと自分では思っています。

前脚の折り出しを試行する・1

 さてさて、とにかくAで折ってみることにします。なるべく一番楽なこの比率でうまく行ってほしいものです。

犬の首の望ましいデザイン

 ‥‥‥‥ところが、考えていた前足のアイデアを投入してみた結果、思ったより頭部の領域に紙を配分することが難しいことが判明しました。首の造形はこういう感じを狙っているのですが、うまく行きません。

最初の試作

 上の写真は、ひとまず強引に犬の形に持っていってみたものです。しかしながら、これは全くダメです。まずこの形では「馬」のシルエットと大して変わらないということがひとつ。胸元にボリュームが足りません。加えて何より紙厚のバランスが悪く、これでは全く満足行きません。

 やり直しです。しかし、しばらく紙をいじるもののうまく行く気配が見えません。早速行き詰まってしまったようです。

前脚の折り出しを試行する・2

 しょうがないので、Aの配置はひとまず置いておいて、Bでやってみることにします。少し頭部に回せる領域が増えることが希望の種です。先ほど書いたように折り出しが面倒なので途中まで描いた展開図をプリントアウトしたものを直接折っていきます。

 結果は、犬らしき形にはなるけれど、Aの時よりさらに劣るというものでした。造形的にさえないのと同様に、展開図も余り美しくタイリングが決まらないようすです。22.5度で統一していたとしても、うまく収まらないこともままあります。

 じゃ‥‥、C? 候補に出しておいてなんですが、A、Bと実際に紙を折ってきた今になって見ると、ちょっと効率が悪すぎる気がします。Cの配置で良い点は、前脚がちょっと長くできるところなのですが‥‥やってみるとあまりキレイにまとまりませんでした。やはり前半身に回す紙が多過ぎるようで、ダメそうな気配が濃厚です。

 BとCの試作の写真はありません。見せられるようなものは出来ていませんし、第一丸めて捨てたので(笑)。

行き詰まり

 どうもはまってしまったようです。「もうできたも同然」と思ったのは一体いつのことか、と思うくらい。ここからしばらく悩む展開になりました。一旦Bに戻ってまた行き詰まり、Aで再挑戦してまた失敗し。新しい配置も試してみたりしましたがことごとく実を結びませんでした。

 どうもイヤな予感がしてきました。今までにも、うまく発展できないまま埋もれていった断片的構造はたくさんありますが、これもその仲間に入る運命なのでしょうか。

問題解決へ

 しかしここで転機を迎えました。「胴体のヒダを逆にしてみたらどうだろうか?」と、ふとひらめいたのです。

山谷の入れ替え

 つまり、この山谷を逆にするわけです。この作業によって、紙の内部が前半身の位置に多く出るようになる。今までは奥から引き出してきていたわけですから、露出する分扱いやすくなることが期待できます。ただ、この方向性には次のような大きな問題がありました。

山谷を入れ替えて折ってみたところ

問題の線

 赤く示したところに線が出てしまって、どうしても消せないのです。私は、完成作品に出る折り筋にはあまりこだわらないのですが、こういった折りのフチが作る線にはこだわります。

 この線はどうだろうか?と言えば、正直あまりイケてないなと思えました。むしろ欲しい線は黄色で書いた位置であり、今まで苦労してきたのもそれを実現したかったからです。

 しかし‥‥とにかくせっかく思いついたこの方向でやってみましょう。この変更によって、腹の下のラインを構造的にスマートに折り出せるというメリットもあったことですし。とりあえずこのまま折り進めます。もちろん比率は一番簡単なAを用います。

完成

犬の完成

 いきなり完成した写真です。実際、今までの苦労がウソのようにできてしまいました。

 「胸元にボリュームが欲しい」と書きましたが、こんな形状・構造になるとは考えてもみませんでした。紙の方から勝手にまとまってくれたのです。

 例の線ですが、気にならなくはないけれど、それほど酷くはなさそうです。逆に、内部カドが丸見えなのは「ばらし」の美学にも合致していて、これはこれで面白いかもしれません。というわけで許容することにしました。

 顔は舌を綺麗に出すにはちょっと紙が足りなく、あまり複雑な加工もできなさそうでしたので、馬と似たようなオーソドックスな折りですが、とりあえずまとめてみたという感じです。でも私の折り紙は、基本構造こそがキモですので、顔の仕上げなんてある意味どうでもいいと言ってもいいのです。それこそ折り手が各自好きなように仕上げればいいのです。

基本形

 むしろ仕上げを施さないままの形の方が断然面白いかもしれません。これは決して自分の変形能力が低いことに対する負け惜しみではなく(笑)、正直な感覚としてそう思います。まあ、そもそも「基本形/仕上げ」という区分自体がある局面では無意味だと思うんですけども(長くなりそうなのでこの話はまたいずれ)。

「犬」展開図

完成してすぐにサイトにアップした写真

振り返ってまとめ

 以上、こうして振り返ってみて、随分と迷走して作っているものだと思います。「紙との会話力」がもっと私にあれば、こんなに迷走せずにもっと早い段階で完成できたのではないかと考えなくもありません。

 しかしながら、創作中は試行の中からなんとかして思いも寄らない形を取り出せないかと思うものです。折り紙では紙の側から見せてくれる形というものがあり、作り手もそれを期待することができる点が普通の表現分野と異なるわけで、自分の思い描いている造形の一歩、二歩先を行く造形を紙に求めてしまうならば、どんなに会話力があろうとも試行錯誤は結局迷走へと向かってしまうものなのかもしれません。

 実を言うと私はこういった迷走自体を楽しんでいたりします。いや、もちろん迷走しているその時はやはり苦しいものですが。

おまけ:折り図を描く前に

 おまけとして、創作後の話を少し。

 完成した作品を、折り図として発表するために折り工程を考えるわけですが、これはどういうprecrease(折る準備としての折り筋つけのこと)を施すかをまず検討することから始めます。具体的には、展開図から基本となる折り線を抜き出し、工程の中で十分に生きるような線から優先順位をつけていく、というような作業となります。

 あまりprecreaseが多いと折り手をうんざりさせる場合もあるようですが、多くの人が迷わずキレイに折れるために多少優先して多めに入れるのが私のスタンスです(注:と書きましたが、現時点での私の考えはちょっと異なってきています)。

 それから工程を少しずつ決めていくのですが、ひとつ折るごとに折り方を変えて、ひたすら数を折るだけです。おおまかな工程が決まってくると、各部の折る順番を変えたり、precreaseを増やしたり減らしたりして、工程に与える影響をひとつひとつ吟味する作業に移ります。こうして折りやすく、再現性が高く、なおかつ図にしやすい工程を探していきます。創作している時のような高揚感はほとんど無い地味な作業ですが、思わぬ折り感覚の変化などを見つけたりしたときには面白いものです。

 工程を考える中で、作品の理解も深まり、改良点が見つかることもよくあります。この犬では、体が開かないようロックさせる構造を付け加えました。

 しかし、工程を考える作業の最も重要なことは、数を折る内に作品に愛着が湧いてくることかもしれません。いつの間にか、折り図を描くことが苦に思わなくなるのです。

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